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February 06 新春到来聊~~ 马上农历又将翻开新的一页了!
祝家乡的父母平安健康,祝所有兄弟姐妹如愿开心!
祝年长者幸福吉祥,祝年少者前程无量!
有些许清闲者,欢迎参看以下网页:
及时行善~~
:D
2008年2月6日(农历大年三十)晚
于东京元麻布 March 10 摘(两颗心/曾经拥有/短暂的温柔——beyond)两颗心
繁星几颗闪得通更透
独个不知不觉到晚时 怀中轻抚相片中有你 赠我一点诗意暖我心 △与你相识於昨天 爱意种下难改变 *在每句电话里 暗示的说话 每刻想要抱着你 纵使不懂说话 心声也知晓 在每句电话里 吻着的讯号 远方的你会渐近 两颗心早接近 交出了天真 船声响起气氛给破碎 为我解释此际要远离 无声唏嘘 远方隐见你 让你只手给我再抱紧 曾经拥有
词\林楚琪.曲\黄家驹.主唱\黄家驹. 阵阵冰冷的风吹过来 这感觉只有我能了解 多少往事在心里打开 就象在呼唤我的悲哀 浮现的记忆中
几度沉醉的爱情 无奈这已变成了伤害 #拥有命运中的惊喜
#不知道会变成悲 #今夜分离我心流着泪 #会珍惜曾经拥有 燃烧的爱已不再燃烧 结束了两段感情故事 这漂泊的心又再漂泊 这一切愿随记忆消失 短暂的温柔
词刘卓辉.曲黄家驹.主唱黄贯中. 也许注定我们的忧郁 永远也挥不去 甜言蜜语也不能说明 这是美好结局 生命的憧憬从不清晰 为什么要清醒 #短暂的温柔已经足够 #充满我的离愁 #短暂的温柔刻骨铭心 #让我独自回忆 未来日子保护你自己 当我无言离去 不要眷恋也不用提起 曾有这一段情 漂泊的身影从不安定 为什么要伤心 January 11 怀旧2“具有诗人气质的人,往往在智慧和情感上都早熟,在政治上却一辈子也成熟不了。他始终保持一颗纯朴的童心。他用孩子般天真单纯的眼光来感受世界和人生,不受习惯和成见之圉(口有?),于是常常有新鲜的体验和独到的发现。他用孩子般天真单纯的眼光来衡量世俗的事务,却又不免显得不通世故,不合时宜。” ——周国平《爱与孤独·诗人的执着和超脱》 August 12 怀旧(1)“流氓兔”身世之谜
(上述故事完结,以下转入其他主题)
(以下是故事的“尾声”,仅供选择) 附:
February 14 WUTI昨晚同事们约了去打球。
还在旧伤修养期,没去,便到东京塔下兜了一圈。
那涂上了红漆在白昼里显得有些土气与周围不甚搭调的东京塔,一旦夜幕降临,在黄金色的灯光辉映下,竟然是气宇轩昂,宛然另一番景象。
不由得想起了赵传歌里面唱的“白天平凡,夜晚不朽”。
不由得掏出手机,用相片记录下它的伟岸身影。
早起上班,阳光普照,帅哥同事换上了轻装。
冬天,就这样过去了吧~~
August 26 一年祭 中国語の「祭」は、ほとんど「祭祀」みたい、悲しい言葉として使われているが、日本語の「祭」は、なんと「Festival」と同じくらいの意味を持っているようだ。
一年祭、実は何も書かなくてもかまわないが、過去をまとめるのが好きな僕は、やはり何を書かなければいらいらして落ち着かない状態となるので、ついにパソコンに向かってキーボードを打とうと決意した。
日本に派遣されて、あっという間に一年間経ったが、この360余りの月日を振り返ってみると、何かを覚えるべきか、何かを忘れるはずかは、今の段階でまだ把握できないような気がする。
僕は忘れがちのタイプで、即ち「健忘症」の持ち主であるため、覚えたくないものなら、直ちにとは限らないけど、とにかく近いうちに忘れてしまう。他方、記憶に残したいものなら、時間があれば、やっぱりペンやパソコンを利用して、文字の形で残させておく。
だけど、この一年、何を記録したかというと、記憶の中、ただ仕事仕事仕事だったのようだ。
この一年、多くの人物と出会ったのだ。張芸謀、霍建起、ジャッキー・チェン(幼いころからずっと彼のカンフー映画を見てきた。僕にとって彼は夢のアイドルだ。)、王励勤、劉国正、また皆愛されているカワイイ福原愛チャン。無論、身近で生きている王毅大使も中日両国において良く知られている人物だ。これらの人物に会って初めて、さすが大使館なのだ、と実感した。
だが、ここ一年内、なんといっても忘れられない、或いは忘れてはいけないのは、2回の「脱臼事件」だった。第一回は去年の8月、着任後の2日間の夜、同僚とビリヤードをしている時、不意に右肩が脱臼して、直ちに恵比寿の中国気功師趙躍輝のところに運ばれた。第二回は今年の8月初頭、一人で水泳する時、プールの中で急転してみると、まさに再度脱臼しちゃった。移動もできないほどめちゃめちゃ痛かった。また、同僚のおかげで、趙医師の診療所まで乗せてもらった。嫌は嫌だけど、確かに「習慣性脱臼」だという診断を受けた。現在、まだ回復中。
もちろん、病気の話だけではなく、「元気」な話もあるはずだ。今年の四月、「各国大使館員スピーチコンテスト大会」で、文部科学大臣奨励賞杯を受賞された。僕のテーマは「日本のポップカルチャーとその魅力」だった。一週間漬けの文章だけど、小林先生と大辻先生から指導と添削をもらったおかげで、日本人らしい文章となった。ステージに登って、チラチラと光っているフラッシュを向くのは、日本で初めての経験だった。緊張というより、むしろ興奮のほうが着実だったかもしれない。
また、抗日戦争勝利60周年を記念するため、7月、自由ジャーナリストの海南友子の作品――「にがい涙の大地から」をめぐって、海南友子、黄星原広報参事官、門奈直樹先生及び慶大の曹鶯さんを通して、中日大学生を核としての映画上映会と意見交流会を行った。大成功だったとはいえないけど、少なくとも一種の試みとしてある意味で新たな文化交流ルートを切り開いたかな、とやや誇りに思うのだ。
普段、夜になると、よく家へ電話する。母さんが安心できるように、短い時間で安否を報告するだけだ。安否といえば、実は「安」だけを伝える。「否」の部分、例えば、「脱臼」のような話は絶対黙っているのだ。教えれば、母さんは必ず僕への心配で睡眠を奪われるに違いないからだ。父さんならわりと隠さず教えてあげるけど、どうせ何にあってもよく眠れるオヤジだから。へっへっへ。
先週金曜、ちょうど一年間後の19日、記念として何かをやろうかを思っていたけれども、プランを作るのが遅れて、結局なにもやらずに静かな一日を過ごしてしまった。とはいえ、何でも自分の計画した通りに進めるのができれば、人生ならではの楽しさもなくなるだろう。ということで、悔いのない道ほどなのだな。魯迅先生が描いた「阿Q」とまったく同様じゃ!
再度の来日、1年1週間を歩んできた今日にあたって、なんとなく静寂な心境で不思議だろう。
以上の文字を借りて、来日一年をお祭りする。
犀
元麻布にて
平成17年8月26日
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